「自然派ワイン」や「ビオワイン」「ヴァン・ナチュール」と称されるワインが日本で一時期流行したことがありました。
「自然派じゃないと」「自然派だから」といった声がかなり聞かれ、なんでもかんでも自然派と言われましたが、今一度その自然派ワインについてと、一人のワイン愛好家としての考えとを綴りたいと思います。
自然派ワインとは
「自然派ワイン」には様々な定義がありますが、wikiによれば次のように定義されています。
ブドウの育成から収穫まで
・有機農法で栽培(ただし、硫黄や硫酸銅(ボルドー液が代表的)などの自然に存在する物質を使うことは可能)
・手摘みによる収穫
・少量生産
醸造から瓶詰めまで
・二酸化硫黄などの酸化防止剤を無添加、もしくはごく僅かに抑える
・天然酵母を使用する(収穫時にブドウに付着している酵母をそのまま利用する)
・補糖や補酸を行わない
・無濾過、無清澄、無着色
・その他、特殊な醸造技術を用いない
このように、栽培段階と醸造段階の2つの段階においてそれぞれ特徴を有していることが定義に含まれていますが、一般的には、広義の「自然派ワイン」では栽培段階のみ、狭義の「自然派ワイン」では栽培段階だけでなく醸造段階でも「自然」であることが求められています。
栽培段階
一言で有機農法といっても基本的に3つの方法が存在し、およそ次のようなものとなっています。
リュット・レゾネ (lutte raisonnée)
通常、人工合成による肥料や薬剤を前提として使用せずにブドウ栽培を行う方法で、病虫害の発生などがあった場合に出来る限り必要最小限の使用を行います。そのため有機農法に含まれないとすることもあります。現在最も広く採用されている農法で、対処農法、減農薬農法、環境保全型農法とも呼ばれます。
細部の違いによりリュット・アンテグレ(lutte integrée)などのバリエーションがあります。
ビオロジック (biologique)
人工合成による肥料や薬剤を使用せずにブドウ栽培を行う方法で、病虫害の予防に硫黄や銅など(ボルドー液など)の使用が認められています。
ビオディナミ (biodynamique)
思想家ルドルフ・シュタイナーが提唱した農法。人工合成による肥料や薬剤を使用せずにブドウ栽培を行う方法で、土壌や生物、環境の力を最大限引き出すことを目的としています。プレパラシオンと呼ばれる天然に存在する物質(鉱物含む)由来の独自の調剤を使用し、天体の運行に則した栽培を行います。
さらにこれを発展させたコスモ農法(コスミック農法)というのもあり、古代マヤ文明やインカ文明の農法に由来するものまであります。
プレパラシオンの一例
番号 | 調合剤 | 用法 | 目的 |
---|---|---|---|
500 | 雌牛の糞 | 雌牛の角に糞を詰て土の中に冬につくり、雨水で希釈し散布 | 根の強化 |
501 | 水晶(長石・石英)の粉 | 砕いて雌の牛角に詰めて6ヶ月土中に埋め希釈し散布 | 根の強化 |
502 | セイヨウノコギリソウの花 | アカシカの膀胱につめて一冬寝かし、夏にまく | 硫黄の供給 |
503 | カモミールの花 | 秋に牛の小腸につめて、春にまく | 石灰分の供給窒素量を調整 |
504 | イラクサの腐葉土 | 乾燥させておいて、使う時に煎じる。いつでも利用してよい。 | 窒素と鉄分の供給 |
505 | オークの樹皮 | 樹皮を細かく砕き、家畜の頭蓋骨につめて一冬寝かせたもの | (不明) |
506 | タンポポの花 | 牛の腹膜につめて一冬越したもの | 珪酸の供給 |
507 | セイヨウカノコソウの花 | 絞った汁を発酵させたもの | リンの供給 |
508 | スギナ | 陰干しして乾燥させ、煮出して使う | サビ病など病害を防ぐ |
以下、特に言及の無い限りは「有機農法=ビオロジックまたはビオディナミ」とします。
醸造段階
ビオディナミにおいては、醸造段階にまでその手法が及ぶことがあり、醸造段階まで「自然」であることを求めることがあります。この段階も「自然」に行うことでのみ「自然派ワイン」となると考える向きもあります。
醸造においての「自然」とは、無補糖、無補酸、培養酵母無添加、SO2不使用、無清澄、無濾過、無着色の全てまたはそのほとんどに従うことを意味しており、実際にdemeter(有機農法の認証機関の1つ)の認証においては、これが求められています。
一部の極端な生産者には、醸造段階で人の手を介さないものと理解し、それを実行している生産者もいます。そんな生産者によく利用されているのが、セミ・マセラシオン・カルボニックという発酵法です。これは良く言えば人の手をあまり介さずに行える発酵法で柔らかくフレッシュで果実味が楽しめるワインに仕上げることができます。
セミ・マセラシオン・カルボニックとは
ブドウを全房(破砕・徐梗せずに房まるごと)のままで密閉できる発酵タンクへ入れることで、自重で下層のブドウが自然と潰れ果汁が流れ出ます。
この過程で発生する二酸化炭素(炭酸ガス)がタンク内に充満し、いわゆる酸欠状態となります。この状態では嫌気性の代謝が起こり、果皮から色素の抽出が行われます。(この段階で炭酸ガスを注入する方式はボージョレで採用されています。)
この後に圧搾され、その果汁を元に白ワインのようにアルコール発酵が行われます。
結果、果皮や種子からのタンニンの抽出の少ない、鮮やかな色合いのワインが生まれることとなります。
Bettane & Desseauve Classement des Meilleurs VinsのチーフエディターMichel Bettane氏はこのように述べています。
この種の発酵はしなやかで極めてフルーティで心地よいワインを生み出すが、そのアロマや構造はテロワールや品種の如何に関わらず、いずれの場合もはなはだ似通ったものになる。このようなワインは輸送や温度・気圧の変化に敏感で、とりわけかなり早く熟成するからテロワールの的確な表現が出る前に十分に待たずに飲まなくてはならない。
有機農法認証
有機農法の認証には日本ではJAS法での認証がありますが、同じようにフランスを初めとする欧州にも認証が存在します。
これらの認証を得ることで、それぞれのロゴマークをエチケット(ラベル)に記載することが許されます。例として著名な認証3つをご紹介します。
ECOCERT
エコセールまたはエコサートと呼ばれます。
1991年に設立されたフランスに本社を置くEcocert SAが有機農法の認定を行っているもので、認知度が非常に高く、事実上の世界標準となっています。
農法の転換を行って5年以上の継続が最低必要とされ、人工合成による肥料や薬剤の不使用のチェックなど厳格な規定が定められています。
ワインにおいては、ブドウの栽培段階でECOCERTの基準をクリアしていることが求められています。
AB (Agriculture Biologique)
アーベーと呼ばれます。
1981年にフランス政府が指針を策定し、1985年以降フランス政府が有機農法の認定をおこなっているものでで、Agence Bioが管理・運営などを行っています。
原材料の95%以上に有機農法による材料を使用し、EU圏内で生産または加工されたものに限られています。
ワインにおいては、ブドウの栽培段階でABの基準をクリアしていることが求められています。
demeter
デメテールまたはデメターと呼ばれます。
ルドルフ・シュタイナーの提唱するビオディナミの実践を推進している団体Demeter Internationalによるもので、栽培だけでなく醸造方法にも細かな規定があり、この3つの中で唯一醸造段階でもその方法が問われる認証となっています。
「自然派ワイン」の問題点
自然環境保護という観点からいけば、本来自然には存在しない人工合成物を使用するのは極力避け、その環境を壊さずに後世へと伝える持続可能な農業が望ましいでしょう。
同じく、ワインの醸造においても醸造段階での環境破壊要因を極力排除することが望ましいでしょう。
そして、それが目に見える形として認証されていることが望ましいでしょう。
しかし、ここに現在の「自然派ワイン」の大きな問題点が潜んでいます。
そもそも自然派とはなんなのか
定義にはwikiによるものを引用しましたが、実際の所は非常に曖昧で未だに明確な定義は存在していないというのが実情です。Aという人の述べる定義とBという人の述べる定義とは既に異なっているのです。現に「自然派ワイン」や「ビオワイン」あたりで検索すると、様々な定義と思しきものを見ることができるはずです。
これは誰一人としてその明確な定義付けが行えていないことを意味しています。
天然由来、自然由来のものであれば使用して良いのか
有機農法、特にビオロジックではボルドー液と呼ばれる硫酸銅と硫黄を使用した病害予防薬の使用は認められています。確かに銅も硫黄も天然由来・自然由来ですが、認められているが故に大量に使用される例もあり、これが地下水汚染などこれまでとは異なる環境破壊に繋がるのではないかと危惧されています(実際、地下水中の銅イオン濃度が極端に上昇した例もあります)。
自然環境を守るはずの農法が、守るどころか新たな破壊を招く例にさえなりかねないのです。
SO2無添加は善なのか
時折みられる「SO2無添加」を謳っているワインありますよね。
そんなやり玉によくあげられるSO2ですが、これは醸造段階で少量とはいえ遊離するものなので自然なものですし、醸造段階で安定化を計るためにある程度は必要なものです。それを使用しないとなると、よほど醸造段階で管理に気を使わなければいけない、つまり人の手を介さずにはありえず、それは「(自然派の考える)自然」な醸造とは程遠いものとなります。
またローマ時代からSO2は使用され、現在のような技術がなかった時代から使われていたことを考えても、人にとって何らの問題がないといえるのではないでしょうか。
認証されたものだけが「自然派」なのか
先に挙げた認証は任意のものです。つまり、認証を取る取らないは生産者の選択に委ねられていることになります。認証の取得には金銭的なコストだけでなく、人的コストも必要となり、資本力ある生産者ならまだしもそうでない生産者にとっては大きな負担となりえます。これはそのまま販売価格へ転嫁されることにもなり、消費者への負担を増大させる要因ともなります。
実際、認証を取得してはいないものの有機農法を実践している生産者も数多くあり、また認証を取得せずに有機農法を採用していることすらも明言していない生産者すらも存在しています。
良いワインが生み出されるのか
これが最大の問題点です。ワインは飲食物である以上、美味しいことが求められ、美味しくないものは淘汰されます。またワインによっては長い熟成を耐えることも必要となります。そこにはどんな御題目も必要ありません。「自然派だから美味しい」「自然派だから素晴らしい」ではなく、ただ単純に「美味しい」「素晴らしい」が求められるのです。
なぜならば、有機農法はワイン造りを行う上ではあくまでも手段であり、それが目的ではないからです。
美味しいもの、素晴らしい物を作るために試行錯誤した結果としての有機農法であればよいでしょう。ですが、有機農法だから美味しい、素晴らしいは成り立たないのです。
まとめ
良いワインとも限らない、「自然派」と言っていなくても自然な造りをしている生産者がいる、なぜか高いワインが多い、他の特徴よりも「自然」なだけが取り沙汰されている・・・
ここまで見てきていただくとピンときたはずです。そうです、単なるマーケティングのために利用されている都合の良い耳障りの良い言葉が「自然派ワイン」だったのです。
ワインを選ぶ時、何を基準とするかは人それぞれかと思われますが、行き着く先は「美味しいワイン」であることに間違いないでしょう。その美味しいかどうかは、謳い文句が決めるのではなく自分自身です。
有機農法の結果生まれた「自然派ワイン」が「○○だからという理由付けが必要な特殊なワイン」ではなく、「普通のワイン」として見ることで他のワインと同じ目線で楽しめるはずです。
ちょっと調べればすぐに嘘とわかる説明や他のワインにはないマイナス点を特殊な事情として長々と説明しなければならない、そんなことまでしないと通常は選ばれないワインをそれでも選びますか?